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2014.12.05

ブエノスアイレス・モンテビデオ・ダイアリー2

(ただ今フランクフルト。前回のトランジット地リオ・デ・ジャネイロで更新しようとしたら、写真が大きすぎてリサイズしたりしてるうちにフリーWifiが30分で時間切れに…)

Day9

旧市街をぶらぶら。ここへ来て初めてのパリージャを食べたのだけど、お1人様用のメニューがないので、品数は頼めないのに食べきれないほどの肉が来てしまう。とりあえず残ったものを包んでもらったのだけど、今日の夜は巻き寿司パーティーの予定だし、こっちのテイクアウトってビニール袋をぶら下げて持つと確実に中のものが傾く方法で包まれているので、手のひらに乗せて地面と平行に持たなきゃなんなくて、これから困ったなとベンチに座って地図を広げていたら、家のないおじさんから「何か食べ物を~」って言われたので、ダチョウ倶楽部のように「どうぞ、どうぞ」って言って即行であげた。何というWin-win。

そして今夜は私の巻き寿司世界でビューの日である。実は先日行ったガルポン・オルガニコで教えてもらったサイトで見つけたワークショップがあって、料金の部分にPrecio(料金)と書く代わりにIntercambio(交換)と書いてあった。ということは、私がこの旅で実行しようとしている物々交換ならぬ、技々交換ができるかもしれない。そこで事前に打診したら、WSのときに出す軽食を用意することで話がついていたのだった。それで最初の家にいるときにこっちで買ったお米を炊いてみたら… 死ぬほどまずいパラパラのお米だった。大抵のことでは残さない私がご飯を捨てた。(お米の神様ごめんなさい)なので、やはりアジア食品の店でお米を買わねばと思っていたら、旧市街の健康食品店みたいな所で売ってました。弥勒米。

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で、ケータリングでマックス15人分のお寿司を作ることになっていたので、まあ言葉は悪いが試作っていうんですかね、予行演習っていうんですかね、やっておこうかと。そしたら、いつの間にか話が大きくなってアナイのおばさん、お父さんとその彼女が来ることに。そこまではよい。巻き寿司で人数を増やすのはそう難しくはない。が、私は調理器具を見て愕然とした。バ、バカな。鍋にふたがないだと?

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コンロもない? 電気の熱源に温度調節機能はない?

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軽いウォーミングアップのつもりだったので、最初からかなりのプレッシャー。こうなると家族が来ることも更なるプレッシャーに。で、結局余熱などを組み合わせて弱火効果を狙ったりして、下準備の順番などをものすごく考えました。ちょっとおこげが多かったけど、一応ちゃんとご飯は炊けた。彼女も巻き寿司に挑戦。

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まあ多少のお世辞は含まれているとしても、最終的に好評いただきました。余ったカニカマとキュウリをマヨネーズで和えたサラダを作ったのだけど、おばさんは「カニカマは好きじゃなかったけど、これは美味しいわ。今度のクリスマスのオードブルに作ってみるわ」と言ってた。やったね!

この度、モンテビデオを訪れた理由のひとつに「ウィスキー」のロケ地を巡ってみたいというのがあって、私がウィスキーの字幕をつけたというと皆の食いつきがものすごくいい。ものすごく歓迎されるのを感じる。実を言うと、私が字幕をつけたのはNHK版で劇場公開版は石田泰子さまがお付けになったのだけど、決して嘘は言ってないはず。アナイのお父さんが「それならユダヤ人街に行くといいよ」とお勧めしてくれる。そうだった、彼らはユダヤ人という設定だった。

私はモンテビデオ、ウルグアイがすごく気に入ったのだけど、全般的にウルグアイ人のほうがおとなしくて、親切で落ち着いていてリラックスしてる感じ。ただ、アルゼンチンに対する対抗心は結構ある。私はポルトガル人のスペイン人に対する感情にすごく似てるなと思った。文化が似ていて大国のそばにある小国(物理的な意味でも)はどうしてもそうなるのかも。面白かったのは私たちはオリエンタル同士よね、と言われたこと。確かにウルグアイの国名にOrienteが入ってる。それからフォルランのことについても言及された。あいにく私はあんまりサッカーに詳しくないけど、彼が最初の記者会見で日本語を話したというステキエピソードを披露しておいた。かなりの人格者の模様。パーティーの締めくくりにモンテビデオで一番おいしいというアイスクリーム屋さんに連れて行ってもらう。連れて行ってもらった場所のことはまったく覚えてないので、名前も住所も分かりません。

Day10

ブエノスに戻る日。私はモンテビデオが気に入ったし、次の宿が決まってなかったので滞在を延長してピリアポリスにも足を伸ばしてみようかと一瞬思ったのだけど、よく考えたら私は次の日にケータリングをする約束をしていたので、やはり今日中にキッチンが使える家に着いておく必要があった。前々日にリクエストを送った家の人が、「ステキな名前ね。その日は私の誕生日パーティーがあるから、あなたも招待するわ」と返事が来たので、てっきり受け入れてくれるのかと思いきや、いつまで経っても承認してくれない。承認されずに24時間経つと予約が取り消されるので、再度リクエストを送ったのだけどなしのつぶて。(この人まだ誰も泊めたことがなさそうだけど、システムのこと分かってるんだろうか?)

とりあえず、午前中はアナイが調べてくれたウィスキーのロケ地に行ってみる。かなり住所に近づいたところで、聞き込みを開始するのだけど、驚くほどその地区の人たちが映画のことを知らない。何となく「東京ウォーカーに紹介されました!」みたいなノリで、その辺にいるバルのおっちゃんに聞けば「あの映画ならここで撮影されて…」みたいな話が次々と出てくると勝手に予想していたんだけど、全然思ってたんとちゃう。ある人から××の角を曲がった所にあるバル(ハコボの行きつけのバルだ!)で撮影してたという情報が!! 私はずっと靴下工場の場所を聞いて回ってたんだけど、バルもありがたい。そこに行ってバルのおじさんに聞いてみたが、ほぼ無言で首を振るばかり。あれ? ここじゃなかったのかと思って、はす向かいのバルに行って聞いてみたら、やっぱりロケ地はあのバルで、靴下工場の場所も教えてくれた。(でも、今は使われていないか、別のものになっているらし)あのバルのおじさん、リアルハコボであった。ちなみにそんな奇特な人が他にいるかは分からないけど、ロケ地を巡りをしたい人のために書いておくと、バルのある場所はDr.Jose de AmezagaとCufreの角。

Wisky_bar

Factory

なんというか10年ぐらい前の作品だから正直言って見た目のことを覚えてなくて「あ~、ここ、ここ」みたいな感動はなかった。見直してくればよかった。

で、ロケ地めぐりから戻ってきて宿のチェックをしたらまだ承認してくれてない。この人、メールの返信率100%って書いてたけど、全然メールのチェックをしてないのではないだろうか。自分で焼いた天然酵母のパンを朝食に出すと書いてあったし、週に1回は家を開いてイベントをしているというので興味があったのだけど、18時のバスとフェリーを乗り継いで、宿が決まらぬまま21時半に着くことだけは避けたいので、今度は決済が絡まないカウチサーフィンで新たに宿探しすることに。最初は30歳以上の女性、24時間以内にログインというフィルターで検索をかけて打診メッセージを送っていたのだけど、最初の人から犬が病気で今日は無理と返信が来た以外、あとはほとんど返信がない。よく考えると今は皆働いている時間だから、家で仕事をしていて、常時ネットに繋がっているフリーランサーでもない限り返信なくて当たり前だよな~。

そうこうするうちにバスターミナルに行かなければいけない時間まで2時間を切った。背に腹は変えられん。男の家を探すか。実際、普通にログインすると上位にずらずら~~~と上がってくるのはほとんど男性なのだ。返信率100%でログイン時間が短く、なるべく認証済みで、それまでに泊まった人がいて、ポジティブな評価がついている人を探していく。その中に韓国語と日本語を学んでいるという男子を発見。27歳と若いのが気になったけど、何となくこの人には断られないだろうという直感が働いた。さらに、18時にフェリーに乗らなきゃならないけど、まだ宿が決まってないので、泊めてもらえるとありがたいです。みたいに緊急感を出しておいた。するとすぐに返事が来て、泊めてもらえることに。ふ~、何とかめどがついたのが何と17時。あぶない、あぶない。今回もギリギリガールズの面目躍如であった。さすがに国をまたぐギリギリなんで、一瞬かなり肝を冷やしたんだけど、つい毎回何とかなっちゃうんで、心の底では何とかなるだろうと思ってたんだよな。そしてギリギリがレベルアップした。

バスとフェリーが遅れて家についたのは23時ごろ。今回の宿主クリスはコロンビア人でウェブのデザインをやりつつ、趣味で音楽をやっているそう。他のカウチサーファーの子や緑の髪をしたルームメイトと屋上で古タイヤをクッション代わりにしてビールを飲む。(もう1人のルームメイトは屋上についてる小屋みたいなこ所で絵を描いていた)この屋上でビールを飲む感じ、バルセロナで最初に住んだ家を思い出させて強烈なノスタルジー。家の雰囲気もスクワットしてるみたいだったので、聞いてみたら「ちゃんと借りてる」と言った。失礼なこと言ってごめん。というのも、私は家の感じといい、ルームメイトの感じといい「反逆のパンクロック」という映画を思い出していた。ちなみにこの映画は少年時代のレッチリのフリーがネズミを猫かわいがりする、大変かわいらしい役で出ております。と言っても、「反逆のパンクロック」の登場人物たちは親から見捨てられた子供だったけど、彼らはちゃんと仕事もしているし、礼儀正しくフレンドリーな人たちだったんだけど。

Casa_de_chris

屋上の様子(ちゃんとパリージャがある)
Terraza

クリスト愉快な仲間たち

Chris_y_amigos

Day11

今日はケータリングと交換でワークショップに参加する当日。ワークショップはHuerta urbana y compost(都会の畑とコンポスト)だと思ってたのだけど、言ったらHuerta organica(オーガニックな畑とコンポスト)と言うことになっていた。それにしても若者たちはよく眠る。日本では昼夜逆転しかけの私ではあるが、なぜかこちらに来て以来、毎日朝8時に起きているのだけど、若者たちが起きて来ないのでどこにスーパーがあるのか分からず、買い物に行けない。結局、昼過ぎてから巻き寿司の具になるものを買いに行って、ちょっくら道に迷っているうちに集合時間に間に合いそうにないことが判明。巻き寿司を持っていくつもりだったが、急遽手巻きに変更。切った具をタッパーに詰め、まだ温かい寿司飯を風呂敷に包んでバスに乗る。

ワークショップに参加した理由は、こちらのエコ事情というか、持続可能な生活をしている人たちの話を聞いてみたいというのが本音で、実はガーデニングや畑にはあまり興味がない。というのも、何度かベランダガーデニングを試みたことがあるが、まあことごとく枯らしてきた。唯一生き残っているのが引っ越し祝いにもらったサボテンなんだけど、これは何もしなくても雨水だけで自力でサバイブしているからである。去年はゴミ減らしも兼ねて、段ボールコンポストもやっていたけど、それほど温度が上がらずあんまり発酵した様子はなかった。それでも、時間をかければ何とか土らしきものにはなったが、そもそも肥料をやるための作物があるわけでなし。庭の一角に埋めることになった。このイベントの報告は別の機会にあらためてやります。それにしても会場となったおうちの屋上ガーデンが素晴らしすぎた。

Huerta_urbana

Huerta_urbana2

Huerta_urbana3

家の中もかわいかった。
Huerta_urbana4

ところで、アルゼンチンのスペイン語とスペインのスペイン語は随分違う。具体的に言うと、使う単語が違うだけではなくボセオという用法を使う。で、通じやすくするために、なるべく、メトロ(地下鉄)をスブテ、アウトブス(バス)をコレクティボなどと言い換えるようにしてはいるが、10日ぐらい経ってくると、段々伝染してきて、ついボセオを使いそうになるのを踏みとどまってる。なぜかというと、変なアクセントで関西弁を使いたがる似非関西人みたいに、ネイティブにとったら気持ち悪いんじゃないかなと思うから。

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