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2014.11.24

ブエノスアイレス・モンテビデオ・ダイアリー

Day7

あっという間に一週間が過ぎ、この家での滞在も最終日なのに次の宿が決まっていない。次の宿はカウチサーフィンでと思って、前夜に送っていたリクエストを確認しようとつないでみると…  システム入れ替えのために48時間ご迷惑をおかけします的なメッセージが。何事も早め早めの対応が大事ってことですよね~と、人生で何百回目かの同じ反省を一瞬だけして、再びAirbnbでモンテビデオの宿を探す。が、最初にリクエストを送った相手がIDの認証を求めていたので、パスポートをウェブカメラで撮って送ったり、Linkedin(登録はしてるけど、まったく何も活動はしてない)のアカウントと連動させたり、動画を撮ったりしたのだけど、まだ不十分なのでGoogleのアカウントとの連動を求められたり(いまどき珍しくGoogleアカウントは持っていない)電話番号の登録を求められたりして、一向にベリファイされないの。電話番号は確認のために電話がかかってくるかショートメッセージが送られてくるらしいのだが、俺は旅行中。一応、留守番氏がいるのだけど、私の部屋には入れないから確認はできない。不幸中の幸いはPCを持参していたこと。というのも家の誰もが使っていいPCが壊れていたのでアナはかなりご立腹だったからだ。これでパソコン使えへん状況やったら確実に死んでたわ~。よかったぁ、持ってきてて。

話はそれるけど、泊まっている家は目抜き通りといってもいいサンタフェ通りにあるし、熱いお湯も出るし、多分普通よりもいいほうの家だと思うのだけど、家の中のあらゆるものがちょっとずつ壊れている。家のドアは開けようと取っ手を回すとすっぽ抜けるし、お鍋のふたの上についている取っ手はないから、お米を炊くときに湯気が出放題だし、最初にパソコンのマウスが使えなくなって、その次にパソコン自体が起動しなくなった。だからこんなにFerreteriaが多いのか、と妙に納得。でも、道は穴ぼこだらけだし、そこら中の道が掘り返されたままでほったらかしなので、この家だけの問題じゃないんだろう。きっと。閑話休題。

で、最初に泊まろうと思っていた家をあきらめて、別の所にリクエストを出そうとするのだけど、認証を終えろとアラートが出る。これまでずっとこのステイタスでブエノスアイレスの宿を決めてきたので、もしかしたらモンテビデオの人は用心深いのかな? と思って、別の場所に行くことも考え始める。思い切ってティグレとか、ロサリオに行ってみるかとか、22日から始まるマルデルプラタ映画祭に行くのも悪くないねとか。でも、とりあえずブエノスに残ろうと探し始めると、やっぱり認証を終えろと言ってくる。どうやら認証を終えないと誰にもリクエストを送れないことが判明。この辺りからかる~くプレッシャーがかかってきますよね。明日からの宿どうすんのんって。何とかAirbnbに連絡して日本人スタッフとやり取りしてマニュアルで認証してもらった。そのときに「これからは是非ご旅行の際は繋がるお電話をお持ちになってご旅行頂ければと思います。」と書かれていたのだけど、言葉は丁寧だけど超余計なお世話だと思った。だって、あーた、世の中のすべての人がシムフリーの電話を持ってるわけじゃないっての。しかもそんなに電話の認証が大切なら、私が日本で予約を入れてたときに言ってくれって思ったけど、もちろんそんなそぶりは1ミリたりとも匂わせずに「ありがとうございました」とだけ、返信しておいた。

やっと最初に送った家にリクエストを送り、すぐに返事が来て交渉成立。しかし、このベリファイの作業に午前中いっぱいどころか15時ぐらいまでかかってしまった。とりあえずモンテビデオに行けることになったのでフェリーのチケットを買いに港へ向かった。この建物には交代で24時間ポルテロがいる。認識しているだけで4人ぐらいいるんだけど、私が下りていくと何度か見かけたことのあるポルテロが「オラ! カンナ」と挨拶してくれた。実は前から、かんなと呼びかけられてる気がしてたんだけど、自己紹介したわけじゃないので、聞き間違いかなと思ってた。でも、3度目の正直で、はっきり名前を呼ばれていると確信したので、名前を聞いた。彼の名前はセサル。今日は最終日なのでもうちょっと早く名前を聞けばよかった。


Day8

起きて荷造りをしていたら雨が降っている。お陰で買ったはいいけど晴天続きで不要になりかけていた長袖が役に立つ。港についたら、旅行者がのきなみダウンとかフリース着てるやん。道理で寒いと思ったよ。今朝、荷造りのために仕舞いなおしたダウンを再び出して来た。ユニクロのめっちゃ小さくなるダウン、これほんと便利。大時化だったのか(川でも時化って言うのか分からないけど)かなりのちんさむを体験した。思わず顔がニヤニヤしてしまい、ふふふと笑い声がもれてしまう。実を言うと地震の揺れに関しても、その後の被害を考えなければ、揺れそのものはいつも面白くて、どちらかというとワクワクするタイプ。そしてコロニアに到着するとブエノス側の豪華なロビーとは間逆のうらぶれ感! いいよ、いいよ。すごくいい。2時間ぐらい街を散策するつもりで2時間後のバスのチケットを買う。

ところで、フェリーのチケットを買うときに1時間で着くと思ってたのに、出発が12時で到着が14時だと言うので、「2時間もかかるんですか?」と聞いたら、1時間の時差があることを教えられた。あんなに近いのに不思議。コロニアは古い町並みが世界遺産になっているのに、圧倒的に人がいない。地元の人もまばらだが、観光客もそれほど多くない。誰も人のいない道がたくさんある。俄然、写真を撮りたい気分が沸いてくる。そんなところもすごくいい!

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こう見えてもCitibank

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こうして2時間ほどコロニア・デル・サクラメントの町をぶらぶらしてモンテビデオへ。バスの前方に「No hable con el conductor(運転手に話しかけないでください)」の注意書きが。そういえば、スペインの市内を走るバス(マラガは確実、バルセロナは覚えてない)にも同じ注意書きがあったが、気にせずガンガン話しかけてるおばちゃんを見かけて、「だからか」と思ったよなぁ。そしてこのコロニアからモンテビデオへのバスは直通ではなくて、途中でちょいちょいバスターミナルに停まって、別の市バスや長距離バスと連動しているようだった。これがパンパか? と思われる一面に広がる平野では放牧されている牛だけでなく、たまにつながれた馬もいて草を食んでいた。

家はバスターミナルの近くだったのだけど、着くのが20:30だったので迎えに来てもらう。そして、スーツケースをゴロゴロ押しながら家へ向かう途中、ローラーブレードを履いた男の子とすれ違ったとたん、彼女が声を上げてハグをしていた。何と久しぶりに会う従兄弟らしい。なに、この映画の導入部みたいな展開。そこから急遽一緒に飲みに行く話がまとまり、とりあえず家に荷物を置きに行く。彼女の家は2階(つまり日本で言うところの3階)にあって、エレベーターはない。スーツケースはパソコンや間違って買った米2キロが入っていて、私にとってはめっちゃ重いんだけど、サンティ(いとこね)が、こんなの何でもないって風にローラーブレードを履いたまま運んでくれて超助かった。

本日、泊めてくれる家の子はアナイちゃん。17年間イタリアに住んでいて、2ヶ月前にモンテビデオに戻ってきたそう。飲みに行く前に腹ごしらえ。ファーストフードっぽい店構えのエンパナーダス屋さんへ。ここは目の前で作っていて、注文のたびに焼いていた。ただ、作りたてのものを焼くのではなく、焼くときは冷蔵ケースから出していたけど、もしかしたら若干生地を休ませるほうがいいのかも。あるいは包む作業と注文には何の関連性もなくて、手が空いたときに包んでいるだけかもしれない。お客さんがひっきりなしに来ていたので、人気のお店のようだった。実はコロニアでも食べたんだけど、注文したら厨房から出てきた人が店内の冷凍ケースから1つつかんで戻っていったので、「え? 冷凍?」って一瞬思ったんだけど、その場で揚げてくれて美味しかった。揚げるタイプもあるらしい。

いよいよ飲みに行くのか? と思ったが食品店でビールとガラナを買う。ビールは1.5リットルぐらいあるサイズで、それを歩きながら回し飲みするんだけど、小さいサイズならともかくその大きさになると歩きながら飲むのは難しい。一旦立ち止まらないとこぼれそうになる。「このサイズを歩きながら飲むの難しいね」と言ったら、「私たちはずっとやってるから慣れてるからね」と。歩き飲みしながらランブラスへ。私にとってランブラスというとバルセロナの海に向かって垂直に通るランブラス通りだけど、モンテビデオのランブラスは川沿いを取り囲むように通っている。ランブラスにローラーブレードやスケボー用をするパークがあり、そこでサンティの仲間たちと合流。ここでテイクアウトしてきたエンパナーダスを食べたけど、熱々で美味しかったです。シーフードやレバノン風ってのもあった。今後は勝手に日本風メニューも考えたい。

ひとしきり滑るのをみたり、おしゃべりした後、やっとバルへ。ウルグアイのお酒ということで頼んだのがグラパミエル。その名のとおり蜂蜜のグラッパで完全にデザートでした。(私はお酒として飲むものは辛口が好き。ただし、デザートとしてなら甘いお酒もありというタイプ)あと、皆がよく飲んでいたのがフェルネットブランカをコーラで割ったもの。これ、Hisakoさんが持ってきてくれて、私たちは「仁丹」と呼んでいるお酒じゃないの。ちょっと飲ませてもらったけど、仁丹味のコーラだった。イタリアではコーヒーに入れることが多いそうです。よく注意してみたら、モンテビデオでもブエノスアイレスでもそこら中で売ってます。

飲みながらアナイと政治の話など。日本でも世界一貧乏な大統領としてそのスピーチがいいね! されまくってるムヒカ大統領の話や、ラテンアメリカにあった独裁政権の話を聞いた。チリやアルゼンチンの軍事独裁政権のことは、わりと映画にもなっているので知っていたけど(私の知識のほとんどは映画から得られている)ウルグアイやパラグアイにも独裁政権があったこと、特にパラグアイは30年以上も続いてことを初めて知った。なんというか、とてもひどいことが起きていても世界から知られない小国の悲しさを感じました。とりあえず、ムヒカ大統領はペペと呼ばれて、皆さんからとても愛されているのはよく分かった。そんな夜。

Montevideo

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Comments

独裁政権時代のほうが治安がよかったという話はいろんな場所で言われたりしますよね。フランコ時代のスペインやフセイン時代のイラクも同じようなことを言ってる人がいるのを聞いたことがあります。パラグアイは独裁政権が30年以上だった(から、もっとひどい)と言ってたけど、意外と生かさず殺さずで長く続いたのかもしれませんね。

Posted by: アノ★C | 2014.12.14 at 08:22 PM

ストロエスネル大統領の時代ですね。治安はよかったですよ。
その頃の、お隣のアルゼンチンは最悪でした…

Posted by: ミルキーウェイ | 2014.12.14 at 04:40 PM

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